夏油傑はなぜ裏切ったのか？思想の崩壊と非術師を「猿」と呼ぶまでの過程

呪術廻戦に登場する夏油傑は、かつて非術師を守るべきという強い信念を持つ呪術師でした。

しかし物語が進むにつれ、彼は非術師を「猿」と呼び、親友の五条悟と訣別し、呪詛師へと堕ちていきます。

本記事では、夏油傑がどのように裏切りへ至り、思想が崩壊していったのか、そして非術師を見下すようになった理由を時系列に沿って解説します。

夏油傑が裏切りに至った理由を最初に解説

夏油傑の裏切りは、彼の中で積み重なった信念の崩壊と、それに伴う価値観の変質によって生まれました。

この章では、まず彼が元々どのような思想を持っていたのか、そしてどのように裏切りという選択へと傾いていったのかを明らかにします。

思想の変化と裏切りの決断は密接に結びついており、ここでその核心を理解することが全体の流れを把握する鍵となります。

非術師を守るという理想からの出発

夏油傑は、かつて非術師を守ることこそ呪術師の本懐であるという確固たる信念を持っていました。

彼がそのように考えるようになった背景には、呪術高専での教育だけでなく、現場での具体的な経験がありました。

ある任務中、呪霊に怯えて暮らしていた一家を救出した際、少女が涙ながらに「ありがとう」と抱きついてきた出来事は、夏油の心に強く残っています。

その瞬間、夏油は「呪術は誰かを守るための力だ」と深く実感しました。

術師としての活動が苦しくても、自分たちが非術師に代わって呪いと戦うことに価値があると信じていたのです。

「呪術は人を救うためにある」という思いは、当時の五条悟や家入硝子たちと語り合う中でも自然に共有されており、それが仲間意識や理想を支えていました。

夏油は自他ともに認める優等生であり、高専内でも他者への配慮を欠かさない術師として評価されていました。

特に彼は、呪力を持たない者への対等な視線と誠実な姿勢を貫いており、術師としての力は「弱き者を守るために使うべき」と疑うことすらありませんでした。

こうした経験と環境の積み重ねが、夏油の「守るべき相手は非術師である」という強い信条を築き上げていったのです。

裏切りを決意した根本的な思想変化

夏油が裏切りに至る最大の要因は、「非術師を守ることは果たして正しいのか」という根本的な疑念に直面したことです。

日々の任務を重ねる中で、術師たちは自らの命を削って非術師を守り続けなければならず、しかもその多くは感謝すらされず終わっていきます。

特に、夏油の術式である「呪霊操術」は敵を取り込む必要があり、そのたびに腐敗した呪霊の味や精神的苦痛を伴うものでした。

さらに、後輩の灰原雄が理不尽な任務で命を落とすなど、「この理不尽な世界で、誰のために自分たちは死ぬのか」という思考が心を蝕んでいきます。

夏油傑の思想変化の比較

初期の信念	裏切り後の思想
非術師を守るのが術師の使命	非術師を排除し術師だけの世界を築く
仲間とともに社会のバランスを保つ	呪力のある者だけが正義を担うべき
非術師にも人間としての価値がある	非術師は呪術の発生源であり障害

星漿体任務の失敗が思想崩壊の引き金となった

呪術高専時代に起きた星漿体・天内理子の護衛任務の失敗は、夏油傑の信念を大きく揺るがしました。

非術師を守るという信条に従い行動していた彼は、この事件を通じて現実との強烈なギャップに直面し、徐々に思想を変質させていきます。

ここでは、その具体的な出来事と心理的な転機を順に紐解いていきます。

天内理子の死がもたらした価値観の動揺

天内理子の死は、夏油傑の内面を大きく揺さぶる出来事でした。

夏油はこの任務において、星漿体である理子の護衛という役目を全うしようとしつつ、理子自身の意志を尊重することを最優先に考えていました。

理子が同化に対して迷いを見せた際、夏油は「帰ろう」と彼女に手を差し伸べ、人としての自由を選ばせようとしたのです。

しかしその直後、理子は伏黒甚爾の手によって非術師の価値を否定するような形で殺害されました。

守るべき対象だった少女の死、そしてそれが人間の欲と利害から生まれたことである現実に、夏油は深いショックを受けます。

この一件で彼の中に、「非術師を守ることが本当に正しいのか」という疑念が強く刻まれ始めました。

伏黒甚爾との戦いが突きつけた現実

星漿体任務におけるもう一つの転機は、伏黒甚爾との直接対決です。

夏油は呪霊操術を駆使して甚爾に挑みましたが、甚爾は呪力を持たない非術師でありながら最強クラスの力を持っていました。

その圧倒的な力の前に、夏油は完敗し、精神的にも肉体的にも深く傷つけられます。

このとき甚爾が言い放った「呪術も使えねぇ猿に負けたってこと、忘れんなよ」という台詞は、夏油の中で非術師に対する見下しの感情を芽生えさせる引き金となりました。

甚爾に敗れた事実は、夏油のこれまで築いてきた「術師＝守る側」「非術師＝守られる側」という構図を根本から揺るがします。

この出来事を境に、夏油の中で非術師への懐疑と軽蔑が混じり合い、のちの「猿」という蔑称につながっていく素地が形成されました。

五条悟とのすれ違いと別れ

この事件を通じて、夏油と五条悟の間にも決定的な溝が生まれました。

星漿体任務後、五条は反転術式と六眼を極め、「最強」の力に目覚める存在となります。

一方で夏油は、非術師の醜悪な実態を目の当たりにしながらも、なお苦悩し続ける弱さを抱えていました。

事件直後、盤星教の施設で再会した五条と夏油の間には、非術師を殺すか否かという根源的な価値観の差が浮き彫りになります。

五条が「殺すか？」と問いかけたとき、夏油は「意味はない」と返しましたが、それはまだ彼の中で信念が踏みとどまっていた証でした。

しかしその後、夏油は非術師を皆殺しにしようとする明確な目的を持ち始め、五条との決定的な訣別の場面が訪れます。

新宿での再会時、夏油は自らの思想を包み隠さず語り、五条に対し「殺したければ殺せ、それには意味がある」と言い残して立ち去りました。

五条はその場で夏油を殺すこともできましたが、結局手を下すことはできず、親友であったがゆえの葛藤に押しつぶされるように黙ってその背を見送ったのです。

五条とのすれ違いは、「自分の信じた正義が共有されない」という絶望を夏油に与えました。

それは友情の終焉であると同時に、術師の在り方に対する最後の支えが崩れ落ちる瞬間でもありました。

非術師を「猿」と呼ぶようになった背景

夏油傑が非術師を「猿」と呼ぶようになったのは、単なる蔑視ではなく、彼の中で長く蓄積された怒りと絶望の表現でした。

ある事件をきっかけに、非術師そのものを「理解不能な存在」と見なすようになったことで、その価値観は決定的に変化します。

ここでは、言葉の裏にある動機と変化の過程をひも解いていきます。

非術師による差別に直面した村での事件

夏油が非術師への信頼を完全に失ったのは、ある村での任務に端を発しています。

その村では、呪術的な加護を持つ少女たちが非術師の村人たちから「気味が悪い」「呪われている」と見なされ、長期間にわたって監禁・虐待されていたのです。

任務として彼女たちを保護しに訪れた夏油は、そこで言葉では表現しきれないほどの理不尽と悪意を目の当たりにしました。

村人たちは、自分たちを守れるはずの術師を恐れ、無知と偏見から敵視していたのです。

夏油は彼女たちを救出しましたが、その瞬間、村人たちが悪びれる様子もなく少女たちを「化け物」と罵ったことで、ついに限界を迎えます。

そして彼は、この村を「非術師は呪術の価値も命の重みも理解しない存在」と断じ、村人を全員皆殺しにしました。

この出来事をきっかけに、夏油は非術師を「守るべき存在」から「淘汰すべき存在」と認識し始めます。

それは単なる暴力的な感情ではなく、術師という立場からくる生存戦略としての選別思想へと変化していったのです。

口癖として定着した蔑称の真意

夏油が非術師を「猿」と呼ぶようになったのは、先述の村での事件以降です。

この言葉は、呪力を持たず、呪術の存在すら理解できない者たちを、知性や共感能力を欠いた存在として揶揄するものでした。

以後、夏油は日常的にこの言葉を用いるようになり、自身の思想を支持する配下の術師や呪詛師たちの間でも、「非術師＝猿」という言葉が共有されていきます。

これは夏油が単に侮蔑していたのではなく、非術師は進化の過程において取り残された存在であるという、思想的な位置づけがあったためです。

彼にとって「猿」という語は、非術師を対話の対象から除外し、呪術社会から切り離すためのラベリングでした。

また、百鬼夜行を計画する過程や仲間内での演説でも、夏油は「猿のいない世界」「猿を排除することが進化」などと語っており、それは明確な思想の一部として機能していたのです。

この言葉が口癖として定着したのは、感情的な怒りではなく、論理的な敵対意識が強化された証でもあります。

一度は守ろうとした存在に裏切られた夏油にとって、「猿」という言葉は断絶の象徴であり、かつ自らの選民思想を明確に示すための表現となったのです。

九十九由基との出会いが思想転換の決定打になった

夏油傑の思想が「非術師を守る」から「非術師を排除する」へと完全に転じたのは、特級術師・九十九由基との出会いがきっかけでした。

この出会いによって夏油は、それまで抱えていた違和感に明確な言語と理論を与えられ、自身の思想に確信を持つようになります。

ここでは、九十九との会話がどのように夏油の最終的な裏切りの後押しとなったのかを検証します。

術師だけの世界を目指す理論との共鳴

天内理子の死と非術師への失望を抱えていた夏油は、高専にふらりと現れた特級術師・九十九由基と初めて対話を交わします。

彼女は呪霊が生まれる根本原因を「非術師が呪力を制御できないから」と捉え、その解決策として「全人類を術師にする」という理論を語ります。

夏油はこの提案に驚きつつも、非術師との断絶を感じ始めていた自分の思考とリンクするものを感じ、次第に共鳴を覚えていきました。

この時、夏油は「じゃあ、非術師を皆殺しにすればいい」と発言してしまいます。

九十九はこの極論を否定せず、「それもアリだ」と答えたことで、夏油にとってこの思想が論理的に成立する可能性として浮上します。

九十九自身は「私はそこまでイカれてない」と付け加え、実行を支持したわけではありませんが、夏油はその瞬間、自分の抱えていた「危険な思考」が肯定されたような衝撃を受けました。

以後、彼の中では「術師だけの世界を作る」という構想が単なる理想ではなく、現実的な行動目標として明確に定義されていくのです。

非術師抹消という思想の正当化が進んだ理由

九十九との対話以降、夏油は非術師を排除することを自分の中で正当化し始めます。

このとき重要だったのは、「非術師を滅ぼすこと＝呪霊の発生を止めること」という論理的な整合性です。

つまり、夏油の思想は感情に支配されたものではなく、術式の性質と呪術の構造を基盤に構築された理論に裏打ちされたものでした。

九十九が提示した「原因療法」としての術師化思想を取り入れたことで、夏油はついに自らの行動に確信と意味を持たせる段階へと進みます。

そこにはもはや迷いはなく、非術師を排除することこそが呪術界の安定と進化につながるという、完全な選別思想が成立していたのです。

以後、夏油は自身の思想に従い、同じ理想を掲げる仲間を集め、百鬼夜行という行動に踏み出していくことになります。

夏油傑が歩んだ思想の変化を時系列で整理

夏油傑の裏切りは、突発的な感情ではなく、複数の出来事と心理的要因が重なり合って生まれた結果です。

この章では、彼の思想がどのように揺れ、どこで崩れ、最終的に裏切りという選択に至ったのかを、時系列に沿って可視化します。

理想と現実の間で揺れ動いた夏油の心の動きに注目することで、彼の本質により深く迫ることができます。

理想と現実のギャップが生んだ苦悩

夏油は元来、非術師を守るために戦うという明確な信念を持った術師でした。

しかし、現実には非術師は術師を理解せず、恐れ、差別し、時には害を及ぼす存在として彼の前に立ちはだかります。

理想のために行動しているはずなのに、救われた者たちから感謝されることもなく、仲間は命を落とし続ける。

特に、灰原雄の死や、呪霊操術の苦痛といった日々の摩耗が積み重なり、夏油の中に「この世界は間違っているのではないか」という疑念が強まっていきます。

そうした疑念は、自分の信念を否定するようなものであり、精神的なアイデンティティの崩壊をもたらすものでもありました。

守りたいという想いが裏切られ続けた結果、夏油は次第にその矛盾に耐えきれなくなっていったのです。

裏切りに至る心理的プロセスの全体像

夏油の心理変化は、以下のような段階を経て進行していきました。

この変遷を理解することで、彼が単なる反逆者ではなく、強い理想を持ったがゆえに裏切らざるを得なかった人物であることが明らかになります。

夏油傑の思想と心理変化の時系列

時期・出来事	心理と思想の変化
高専入学〜初期任務	非術師を守ることが術師の使命であるという信念を持つ
星漿体任務（天内理子の死）	非術師を守る価値への疑念が芽生える。五条との関係にも溝ができ始める
伏黒甚爾との敗北	非術師に呪術の理が通じない現実を痛感。自分の信念の脆さを知る
村の事件（非術師の少女虐待）	非術師に対する怒りが頂点に。皆殺しを実行し、現体制から離反
九十九由基との会話	「術師だけの世界」という思想に理論的な裏付けを得る。自己正当化が完成
百鬼夜行へ	呪術界への挑戦と術師社会の刷新を目的とし、思想と行動を完全に一致させる。 非術師を排除する世界観を「進化」として確信

この流れを見れば、夏油の裏切りが衝動的なものではなく、理想を追い続けた末の戦略的決断であることが理解できます。

彼は単なるテロリストではなく、呪術という構造そのものを問い直す思想家としての側面も併せ持っていたのです。

まとめ：夏油傑の裏切りと非術師を「猿」と呼ぶ理由

夏油傑が裏切りに至ったのは、非術師を守るという信念が現実に打ち砕かれ、選別思想へと変質したからです。

「非術師を守る」という信条のもとに戦っていた彼は、星漿体任務や伏黒甚爾との戦いを経て、自身の理想と社会の現実との間に深い矛盾を感じるようになります。

さらに、非術師による差別や虐待を目の当たりにし、次第に「非術師は救うに値しない存在」と定義するようになっていきました。

九十九由基との対話で「術師だけの世界」という理論に触れたことで、夏油は自分の思考に理論的裏付けを得て、非術師排除という方針を確信します。

「猿」という言葉には、信念を裏切られたことへの失望と、非術師との断絶を明示する意味が込められています。

それは単なる暴言ではなく、呪術界そのものを変革するための思想表現でもありました。

五条悟との決別や仲間の死を経て、夏油は「猿のいない世界」を目指す行動に移ります。

この決断は、呪術の構造的矛盾を突き詰めた末にたどり着いたものであり、彼なりの論理と覚悟が込められていたのです。

夏油傑という人物は、正義と正しさの定義がいかに不安定で、環境によって変質するということが分かります。